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アセット 1

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―斎藤さん、今入社6年目になるんですよね?大学時代ってどんな生活を送ってましたか?

大学時代は本当、バイト漬けですね。あとは飲んでばっかりいましたね。

―基本遊びですか。

そうですね、ずっと遊んでました。勉強は、もう全然。幼稚園から野球やっていて、高校3年生までずっと野球一筋でやってきて、遊べなかったんですよね。中学も高校もほぼ休みがなくて、ずーっと野球漬けでやってたので、6年間。

―そこから本当に大学ではガラっと遊びに変わったんですか。

僕、腰と肘を怪我してたので、大学ではもういいやってなっちゃったんです。燃え尽きたというか。大学はもう遊ぼうと思って。

―それで、遊んでばっかりでもいられないと思い始めたのはいつ頃だったんですか。就活ですか。

それが、僕の時の就活は12月解禁だったので、12月から多分みんな動き始めてたんですけど、僕、5月末ぐらいにやっと採用媒体に登録したんですよね。

―随分ゆっくりとしてますね。就活ナメてました?

ナメきってましたね。何とかなるなって思っていたところがあったので。

―その、根拠のない自信っていうのはどこからきてるんですか。

わかんないです、もう昔からですね。小学生くらいからだと思うんですけど、クヨクヨしてもしようがないなと思って次に進むというか。

―とはいえ、周りは就職活動始めていて、そこの焦りみたいのは全く感じないんですか。

全くですね。

―そこから5月にようやく腰を上げたのは、何でだったんですか。

いつも一緒に遊んでいる友達が3次面接、4次面接にみんな進み始めて、そろそろ就活始めればって言われたんですよね。それで就活はじめようってなって、その友達に就活サイトに登録してもらったんですよ。

―友達に(笑)。

周りに不動産会社を受けてる友達が多かったんで、僕も受けてみようと思って。投資とか、本当に何もわからなかったけど、とりあえずいろいろ参加しようと思って参加したっていう感じですかね。

―就職しなきゃいけないっていう意識はあったんですか。

就職しなきゃいけない意識はありましたね。ただ、どっか受かんだろっていう。

―それも何の根拠もない自信。

そうですね。

―でも、そのとおり受かってるわけですね。

僕、多分2週間ぐらいしか就活してないんですよ、ちゃんと本気で動いたのって。2週間、本当に毎日午前、午後、午前、午後って。不動産会社の説明会にひたすら行って、面接も2次、3次と進んでいくっていう感じで。20社ぐらいは回ったんじゃないですかね。

―不動産の中でも、何か基準みたいなのはあったんですか。

なかったですね。とりあえず採用サイトの写真を見て、楽しそうだなっていうところを受けて。社員の方がイキイキと働いてるみたいな。結局、おじさんばっかりの会社ってつまんなさそうだな、若い人たちだったら何とかなるし、面白そうだなと思って。

―受ける前は、不動産業界に対するイメージってどんなものでした?

全く。何もなかったですね。

―何もない?でも周りには不動産業界に進もうと思ってた仲間がいたわけですよね。そういう人たちと話したりしないんですか。

なかったですね。「どこ受けてるの?」「不動産」「じゃあ俺も不動産いくわ」っていう。

―軽いんですね(笑)。そのまま、じゃあ入社まできちゃったっていう感じですか。

そうですね。親にも大丈夫?とか言われましたけど、いや、僕が決めたんで、大丈夫っていう話をして。

―でも、それだけ何もしないでポンッと業界の中に飛び込むと、入ってから苦労したんじゃないですか。

最初、めちゃめちゃ苦労しましたね。

―それ、ぜひ聞きたいですね。

そもそも何言ってるか、全然さっぱりわかんなかったんですよ。言葉もそうですし、お客さんに対しても、「いいものを売っているのに、何でみんな買わないの?」っていう。

―いいものをいいと言えば買ってくれるだろう?

そうですね。それがどうしても、高額商品なのでローンの話が出てくるんですけど、そこを払拭できないと買ってもらえないんです。

―結構、売れるようになるまで長かったって聞きました。

入社して1年半、1件も売れなかったんで。

―それ、なかなかですよね。でも、根拠のない自信を持って入社したわけじゃないですか。なのに1年半経っても結果が出ない、ってことですもんね。同期は何名いらっしゃったんですか。

当時は15人ですね。

―その中で一番遅かったんですか、結果が出るまでの期間って。

辞めた人間を除けば、一番遅かったと思います。

―売れないことに対して、プレッシャーはないんですか。

同期が売れた時はありましたけど。入社して1ヶ月とかで、早い人は売れたんで。

―早いですね。

でも早さで勝負しているわけじゃないんで、本数やってやろうと思って。

―本数っていうのは?

例えば、1カ月に1本誰かが売ったら、じゃあ僕は2本とか。2本と言わず3本売ろうとか。結果がすべてになってくるので、スピードじゃないなって思ったんです、どっかで。

―でも、結果が出ないと。

そうですね。でも、プレッシャーは全くなかったですね。上司に言われても、何言ってんだと思ってましたね、僕。

―上司は何を言ってたんですか。

どんどんアポ取れよって。でも、アポの機会はあるんですけど、はじめは当然上司が商談してたんで、会えたんなら決めろよ、とか思ってましたし、こっちのせいじゃないじゃんって。

―会えたら取れるっていう根拠は?

良かったからですね、商品の内容が。

―その時は商品の良さを伝えれば買ってもらえるって考えから抜け出せていないんですね?まだ単純に、会えてないから売れないんだ、っていう。

はい。

―で、次第に会えるようになってくると、会えても買ってもらえないみたいな時期がくるんですか、次。

そうですね。多分月にコンスタントに3本ぐらいアポイントを取っていれば結構良かったと思うんですけど、それくらいは取ってたんですよ、僕。電話で。ただ、それが決まらないってなると、数をもっとやんなきゃいけないとか。ただ、昔はアポ取ったら全部、上司が商談するっていうスタンスだったんですよね。なので、こっちはもうアポイントを取るだけだったんですよ、仕事が。

―電話営業の頃?

はい。売ってもらうっていう感じだったんで、そっちに僕は重きを置いてなくて、電話することだけに重きを置いてたんですよね。だから、決めてきてくださいって思う気持ちも強かったですね、商談に出れない分。

―もどかしさというか、歯がゆさというか。

決まらなかった時はやっぱり、最初は上司のせいにしてて、何で決まんないんだろうって思ってましたけど。だんだん、アポの電話の質が悪いんだって思い始めて。

―アポの質?

要は聞いてもらうだけじゃなくて、ちゃんと検討してもらえるようなアポイントの取り方ができてなかったんだなというのは、やっぱり大きかったですね。

―会ってくださいで止まってた?

一応内容の話はするんですけど、向こうのスタンスとしては、ただ聞いてあげるよっていうスタンスなんで、発展しないんですよね。

―それに気づけたきっかけって何だったんですか。

いや、もう決まらなさすぎたんですよね。

―最初の1年間は基本的に電話のアポイント取りだけで1年間終わった?

そうですね。

―とはいえ、2年目からスタイルが変わって、信頼営業といいますか、紹介などもいただくようなかたちの営業に変わりましたよね。そこからまたさらに半年間、結果が出るまで時間がかかったわけですけど、その半年間っていうのは何を考えてたんですか。

会社としても今までと違って新たな営業スタイルですし、僕自身も1年間会社に缶詰だったので、人脈がないんですよね、社会人としての。どうやっていいのかも手探りだったので。

―ひとつ聞きたいんですけど、結果が出ない中でどうして1年半も粘れたのかっていう。それだけ結果が出ないような状況が1年以上続くと、「辞める」っていうワードが頭の中にちらつく場面も必ず出てくる気がするんですけど。

売れないで辞めるのがかっこ悪いって思ってましたね。1本売って辞めるのもかっこ悪いなって思って。だったらとりあえず、どこまでできるかやってみるかと。

―辞めるのは逃げになる?かっこ悪いのは嫌ですか。

嫌ですね。売れなくてもいいとは思ってたんですね、別に、極端な話をすると。やりきってダメだったらいいけど、やりきらないで辞めたら絶対後悔残るなって思ってたんですよ。

―そのもどかしい1年半で、やりきれてない部分っていうのは具体的に何だったんですか。

電話営業時代ですかね。僕、あんまり勉強熱心じゃなくて。たとえば電話が終わって、今のはこうだったろって上司にアドバイスをもらって、それをメモにまとめてノート書いて、それだけで満足してたんですよね。要は復習っていうんですか、それが多分なかったんですよ、全く。会社でやって、それだけで満足しちゃってるみたいな。

―どっかでナメたままの部分が残ってたんですかね。

多分そうですね。結局売れなかったのも、僕、人の話を聞かなかったんですよね。上司の言うこともお客様の言うことも無視してたんで。

―それが何で変わったんですか、1年半経って、結果が出るタイミングで。

上司が変わることになって、新しい上司が来て面談することになって。また何か言われるんだろって反発しようとしたら、一言だけ「お前、とりあえず俺の話聞け」 って言われて。「何で上司がお前に対して話そうとするかだけ考えろ」っていう話をされたんですよね。ああ、でも確かにって思って。言うってことは直してほしいからだし、改善できたらもしかしたら売れるかもしれないって思ったら、そこから僕も話を聞くようになったんですよ。とりあえず全部100%飲み込んでみて、わからないことを聞きに行くっていうことを始めたら、そこからその半年間で僕、係長になったんです。主任にならないで、飛び級して。

―へぇ。それはすごい。その上司の方は、どんな方だったんですか。

現場に一緒に出て、何もかもを一緒にやってくれるような方でしたね。それが、僕の中で見え方が180度変わった時ですかね。何か、ぶっ刺さったというか。結局、現場で一緒にやることによってはじめて、改善点とか、こういう話し方が必要なんだなっていうのがわかったんですよ。ただただ一緒になって、親身になって考えてくれるっていうところが当時の上司はあって、この人の話、一回聞いてみようって思いました。もちろん一本目が決まったっていうのもあるんですけど。そこから半年、係長になるまでに7本ぐらい決めたのかな。

―その上司の方の言うことを聞くようになって、「まずは俺の話を一度聞け」という言葉以外で、刺さって残ってる言葉って、ほかにどんなものがありますか。

何にもないんです。

―(笑)。何もない?

何もないんですよね。とりあえず、全部マネしようと思ってたんで。全部マネしましたね。聞いたもの全部文字に起こしてとか。それをそっくりそのままやると、意外と刺さるんですよね。

―当然ながら、書き起こしたりすると今までの自分になかったものもよく見えてくるわけじゃないですか。

ないものだらけでしたね。ああ、でもまだその時も人のせいにしてたんで。いい上司に出会ってなかったんだなって。だから、売れてなかったことはもう置いておこうと思いましたね。

―ここからはもう違うぞ、みたいな。

別にそこを振り返ったところでもう意味がないので、先に行こう、と。売れてないんだったら、もっと売ればいいし。

―よくそこまで180度切り替えられますよね。

何か、過去に戻るのが面倒くさいんで、あの時こうしていればよかったなって考えるぐらいだったら、今何ができるか考える、っていう感じですかね。

―その、上司をマネしている中でも、そのうち自分流の営業みたいなことも出てくるわけですよね?

そうですね。例えば、目上の方であれば、勢いで話しても「こいつバカじゃん」 っていうふうに見られると思うので、丁寧にしゃべろうとか、本当初歩的なところなんですけど。勢いではどうにもならないので。どうやったらこの人のためになるかっていう話し方をしていくようになりましたね。

―それは独学ですか。

独学ですね。こういう話で刺さりそうだなとか、思いつきで話したり。刺さったら次も使うし、刺さらなかったら捨てるみたいな。

―それ、数こなさないとなかなか上達しないじゃないですか。

はい、なので毎日のように沢山の方に会ってましたね、当時は。一日に会える人数は限界があるので、サラリーマンの方に会えるのは大体は平日の夜だから、日中は個人事業主の方に会ったりとか、平日休みの看護師の方に会ったりとかっていうのを、ずっと。

―大体、平均するとどのぐらいになるんですか。

多いときには4人くらい。それが限界でしたね。会うだけじゃ意味ないので、周りにどういう人がいるとかって聞き取りをしたり。

―自分なりのやり方ができあがったのはどのくらいだったわけですか、タイミングとしては。

どのぐらいなんだろうな。係長になったぐらいですかね、責任を持ったというか。

―じゃあ、ちょうど2年目が終わる頃?売れるようになった時に、社内の周りの反応っていうのは変わりました?

変わりましたね。めっちゃみんな聞きに来るようになって。教えてください、どうやってやってんの?って。全部、何も教えなかったですけどね。

―(爆笑)。

自分で考えろよっていう話をして。いやいや教えてよみたいに言ってくるんですけど、ダメって(笑)。

―OKなんですか、御社的には。

いや、本当は会社的には教えてほしかったとは思いますけど。

―係長になった時って、実際のところ出世は意識してたんですか。

あんまりなかったですね。何か、普通に困らない生活すればいいなって思ってたんで。ただ、営業の仕事をしているので、結局商品が売れればその分お金が入ってくるっていうことなんですよね。売ることに対しては必死だったし、売れない月なんてなかったですもんね、その時からずっと。

―最初に成約を取った以降ですか。

ほぼないんじゃないですかね。ほぼっていうか、ないと思います、多分。

―出世欲がないなかで、毎月結果を出すためのモチベーションっていうのは?

当然、対価としてお金がインセンティブとして入ってくるので、自分の好きなものも買えましたし、おいしいものも食べられたし、あとは、バイク買ったり家買ったり。家はローンですけど。

―家は何歳の時に買ったんですか。

25歳ですね。ワンルームの社宅に住んでいたので、広い家に住みたかったんです。将来貸し出せるだろうっていうものを探して、今のところを買ったっていう感じですかね。

―でも、買えると満足しちゃいますよね。次から次へと買えるものが出てこないと。

いや、そんなことないですね、全然。飲みに行ってお金使ったりもするので、ご飯に連れて行ったりとかもしますし。

―好きな時に自分の思ったようにお金が使えるっていう、その生活水準を自分の力で作ったっていうのがモチベーションなんですか。

うーん、何がモチベーションなんですかね。当時はでも、1000万円稼ごうとは思ってましたね。

―目標は1000万円。じゃあそこに向かってとにかく突っ走る?それは達成できたわけですよね?

達成できましたね。3、4年目に。

―3年目で。結構早いですね。

(笑)、ありがとうございます。

―その後はじゃあ、どう変わっていったんですか、自分の中での目標って。

部下ができたんですよね。

―そのタイミングで?

はい。係長になって、半年後に課長代理にもすぐ昇進したので、ポンポンッと半年ごとにまた役職に就いてって。あんまり覚えてないですけど、6人ぐらいのチームを持つことになって。そうなった時に、こいつらを育てなきゃってどっかで思ったんですね。

―何を見てそんなふうに思ったんですか。

やっぱり売れないと、つまんないよなって思ったんですよね、多分僕が。

―自分が?

部下が、つまんないだろうなと思ったんですよね。結局営業って数字は大事ですし。モチベーション管理も与えられていたので、部下と飲む機会に、じゃあ頑張って売ろうぜっていう話になって、それも別に1本売って満足ではなくて、僕の部下を全員昇格させてやろうって思ったんですよ。それで、主任を3人育成して、副主任は1人、係長も1人育てたんですよね。そのタイミングで僕自信も課長になったのかな。とにかく、全員が目標達成して、全員が売り上げ達成して、全員の職級が上がったんですよね。

―それまでは自分のノウハウは誰にも教えない、自分で考えろよみたいな感じだったのが、部下を持っただけでそこまでガラッと変わるもんですか。

いや、単純に部下に結果を出してもらいたいなっていう。部下が結果を出せばチームとしての目標なんて勝手に100%超えてくるので。個人のスキルが上がってくれば、自然とみんな達成できるって思ってるんです。

―結果が出ないとつまらないだろうなって思ったのは、入社当時の自分のことを振り返って思うところがあったっていうことですか。

そうですね。そう思いますね。

―今は何名くらい、部下がいるんですか?

今、12人ですね。

―役職者の方も下についている?

係長が2人と、主任がごろごろいるって感じですね。今は何か、それぞれいろいろな役割があるので、サークルの部長みたいなイメージです。

―役職上がっていった時っていうのは、単純にうれしいんですか、それともプレッシャーがかかる?

ちょっと前は、プレッシャーは何もなかったですね。とりあえず商談の機会はいっぱいあったので、まあ、何とかなるなと。ただ今は、会社の社風に魅力を感じて、楽しく仕事ができればいいとか、そういう理由で入社する社員も多いので、いろいろと考えますね。色々なタイプの社員をちゃんとうまく生かしてあげないといけないので、それがすごい大変。僕の感覚だと、いや、売れよ、営業マンだったらってなっちゃうんで(笑)。

―マネジメントをする立場にもなってきて、マネジメントとはみたいな、自分の中のイメージっていうのはできつつあるんですか。

全然ですね、僕。全然できてないと思います。

―ちょっと意外な言葉ですね。

直接トップダウンで言うのは簡単なんですけど。トップダウンになるとどうしても、僕がいればまとまるけど、いないとまとまらないってなってくるんで。

―ここまでの話だと、ご自身のスタイルとしては、自分が作ったノウハウも必要性を感じなければ教えないし、結構周りから気に入られようとする、みたいなことをしないのかなと思ったのですが。

簡単な話、一生懸命やってる奴には教えるっていう感じですね、どんな奴だろうが。一生懸命じゃなくておいしい蜜だけを吸いに来る奴には教えない。

―確かにそれはそうですよね。

語弊があるんですけど、ただただ聞きに来る、やり方だけを聞きに来る奴には何も教えない。足動かして、その上でどうしてもうまくいかないんで、どうやってやってるんですか?って聞かれると、こうしたほうがいいんじゃない?って改善策を教えたりとか、こうしたらもう少しお客様も土台に乗ってくるよみたいな話とかができるので。ちゃんとやってダメだったものを聞きにくる奴は本当にかわいいなと思うんです。

―一生懸命やらない奴はどうでもいい?

どうでもいいですね。本気になってから来いよって思うんで(笑)。

―仕事してて、どのタイミングが一番うれしいものなんですか。契約のハンコがついた時ですか。

やっぱり契約が決まった時ですかね。もちろん契約に至るまでには、なかなか熱意が伝わらないお客様も中にはいるんです。紙一重じゃないですけど、熱意があるなって思ってくれる方と、しつこいなって思われる方といるので。当然、関係作りもあると思うんですけど。だから、信頼してもらうための自己開示をどんどんするようになりましたね、安心させるって意味で。

―自己開示するのって結構怖かったりしませんか。

この業界で仕事をしていると、お客様から個人情報、免許証、保険証とか預かったりする機会が多いので、そっちの方がよっぽど怖いだろうなって思うので、だったら先に僕の住所言っちゃってもいいし。

―(笑)。何かその辺、パキッとしてますよね。明確ですよね。

ナヨナヨしてる奴が嫌いで。決めたんだったら守れよ、みたいな。

―中途半端とか大っ嫌いですか。

大っ嫌いですね。やるって言ったのにやってない奴とか、何時までに出すって言って出さなかった奴とかっていうのは、本当もう許せないですね。やっぱり会社からお給料をもらっている立場なので。約束を守れないってなると、お客様とも約束できないでしょうし、会社にも迷惑かかってきたりとかしてくるので、「それ、お前のためにもなってないし、会社のためでもないよ」って話は常にします。

―そうやって中途半端はせずに突っ走って、この年で課長になれたっていうのはどう思ってらっしゃるんですか。ご自身としての評価っていうんですかね。

超えて当たり前かなっていうところはあったんですよね。ただ、課長になる時に、本当に係長の育成が必要だったので、その子を育てるために何ができるかっていうのをひたすら考えて。

―世の中の会社には年功序列って、明確なものと言えないまでも、ある程度残ってるかと思うんですけど、インヴァランスはそういうのはなさそうじゃないですか。

全くないですね。

―そういうところに身を置いて、この年で自分は課長になれたっていうのは、やっぱご自身の中で満足感っていうのはあったりするんですか。

当時はありましたけど、今はそんな思ってもないですかね。

―それは自負?

誰よりも足動かしたっていう思いはあったので。本当に、右も左もわからないで、ひたすら自分が動いてたので、その結果かなっていうところでもあるんですけど。

―この先、どこを見てるんですか。

何にも見てないんですよね。次のステップにいく気がないので。

―それちょっと興味深いです。なぜですか。

次の役職が次長なんですけど、会社の裏方に回ってる方が結構多くて。どうしても部署を束ねなきゃいけないんですけど、どこまでいっても僕はプレーヤーでいたいんです。ただ、もし次長をやれって言われてしまえば、もうやらざるを得なくなるので、それが嫌で、プレーヤーを続けていたいという。

―あくまでも現場なんですか。

現場ですね。

―そこへのこだわりを聞きたいです。

会社にいてもつまんないですよね。

―(笑)。

営業マンって足動かすものだと思っているので、会社にいても足動かせないじゃないですか。プレーヤーでいる以上は別に何でもいいかなって思って。だから立場は、もうそんなにこだわらないというか。いろんな人との人脈もあると思いますし。僕、夢があって、将来小料理屋をやりたくて。

―小料理屋!

小料理屋とかめちゃめちゃ楽しそうじゃないですか。L字のカウンターに肉じゃがとか大皿にいくつか料理が乗ってるような、ああいうお店を僕はやりたくて。で、お客様と一緒に飲むとか、いいですよね。

―確かに不動産投資となると、何十年の付き合いなんてお客様、ごろごろいますもんね。

そうです。そこで仲よく飲みたいというか。

―お客様と?

そう、お客様と。結局人と人とのつながりなので、会社にいるともう人のつながりも途絶えるので、それが嫌なんですよね。

―プライベートは何やってるんですか。仕事一色のようなイメージがあるんですけど。

プライベート…ないんじゃないですかね、僕。

―ない?

全然遊んでないですね。友達、大学の友達に最後会ったのいつだっけ、ぐらい。

―でも、表情を見てると仕事一色なのが決して嫌じゃないんですね。

どこまでいっても楽しいですね、この仕事は。本当に思ったことを好きにできるというか、言い方はあれかもしれないですけど、遊び感覚の中で仕事ができるというか。

―ここまでの話、自分でそこに気づかないと面白くない会社のような気がしたんですけど。

面白くないと思います。結局、遊んでるだけの奴はどこまでいっても数字につながってないので、楽しいことだけを追っかけてる子は仕事のためになってないんですよね。ただ、ちゃんと勉強すると、楽しみながら仕事ができるっていうところですかね。ちゃんとやってない子は、ずっと悪循環というか、売れてない、どうしようどうしよう、で、人のせいにしてばっかりなんで。

―ちなみに、斎藤さんの大きなきっかけは、まさに人のせいにしてたってことに気づけたから?

そうですね。全部、僕のせい。どっかで気づかなきゃいけないですし、部下ともお互いに気づいて成長できるっていうところがこの会社のいいところですかね。